雫(プレイ後用レビュー)

(2008/05/11執筆)




完全におっさんの昔話になってます。古い作品だしそれもいいよね。
しかしあれだな、プレイ当時は貫禄ある先達で溢れていたこの業界ですが、気がつけば自分が年長組。嫌だ嫌だ。



これをプレイしたのは、確か2002年頃だったと思います。
2001年秋にエロゲを初めてプレイして、それから数ヶ月ほど中古のゲーム性高い作品ばかり買っては、当時の「エロゲーのゲームとしてのクオリティ」を理解し。(ちなみに今思うと基本的に地雷ばかり踏んでました)
「あー、エロゲって、意外と面白くないのな。それほど夢(というか妄想)詰まってるわけでもないのな」
そんな中、友人の勧めでプレイしたADV作品の中の一つが、この「雫」でした。

当時の私でも絵は初見「さすがにこれは…」と思ったものの、気がつけば全然違和感感じないように。(さおりん出てきた辺りからかな)
で、感想は、「ハラハラする」「怖い」そして「面白い」。
夜の校舎を舞台にした、内気な少年とヒロインとの、命がけの探索、逃亡劇。
そして提示される、電波という名の狂気論。

それまで、狂気ってのは要は心の病気で、思考回路がまともに動いていない、言うなれば機械の故障のようなイメージしかなかったのですね。しかしそこで表現されたのは、「向こう側」という扱いの狂気。
「狂気」という名の通り、傍から見れば心の故障状態であり、それ以上でも以下でもない状態。しかし、当人の世界としては、それは確かに「正常→正常でない認知世界」への境界越えなのです。少なくとも、この作品の中で描かれる狂気とはそういう類の、完全なる"狂"です。
月島兄妹が、その「向こう側」で仲良く生きるという瑠璃子TRUE END。狂気というものがあくまで個々人の心の中に存在する閉じられた世界である以上、「一緒に」「仲良く」など有り得ません。あったとしてもそれは妄想です。 しかし、逆に言うならば、妄想という条件ならば確かに有り得る世界なのです。正常な世界、すなわち、私とは違う世界の住人の誰が何と言おうと、私の世界に私と兄がいる。他人なんか関係ない。 TRUE ENDで瑠璃子がたどりついた世界とは、そういう世界でしょう。完成された狂気とは、ある意味最強です。客観的に見て無力以外の何物でもありませんが、この世は主観によってのみ認識できる以上、客観の力を決めるのもまた主観。客観の力を0とするのが狂気でしょう。

…予想外に長くなっちまいましたが、つまり、そういうことを!
雫をプレイして、その狂気の意味について考えて、そこで提示されたものの大きさを私が私の主観で測ると!
「これは 新しい。 何かよりも抜きん出て優れているとまでは思わないけれど、それでも、決して、他のメディアの後塵に甘んじてばかりいるわけではない …… んじゃないかこれ…!?」

太田さんの、文字通り骨砕け肉飛ぶ鉄拳に震え。
それでも友を想う、瑞穂の優しさとオルゴールにしんみりとし。
さおりんの、作品唯一の明るさに魅了され。(私元気系キャラ好き)
はさみエンドで半泣きになり。
瑠璃子TRUEで主人公の爆弾に心震え、作品全体と同じく容赦も救いもない(ユーザーに媚びない)エンドに心打たれ。
瑠璃子Happyでのあの名言にして決め台詞「電波届いた?」の虜になり。
おまけにおまけで爆笑し。(仮にも製品になっているもので、「出た、使いまわしCG!」とか自虐ネタ入ってる辺りにユーザーとの距離の近さを感じました)

このように、作品自体も新鮮で楽しかったのですが。(音楽のレベルが非常に高かったのも高ポイント)

やっぱり、雫ってのが私の中で運命的一作となったのは、以下の点で、でしょうね。
・考察の価値有り、考えさせられる、新たな視点を与えてくれる
・18禁であり、性表現に限らず、表現自体に容赦がない。媚びもない。検閲削除もない。しかしだからこそ描けているものがある。そしてそれは、18禁でしか見ることができない。
ということに、うすらぼんやり気づいた、当時の私。

「エロゲー って、 ひょっとして、 従来の(私が接してきた)メディアとは全く違う、無限の可能性 が あ る ん じ ゃ な い ・・・?」


私の、現在にまで至るエロゲー生活、真のスタート。

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