ひぐらしのなく頃に礼(プレイ後用レビュー)

ひぐらしのなく頃に礼




(2008/01/26執筆)




「ひぐらしのなく頃にプレイ後レビュー」では書かなかった、幾つかの小さな納得いかない点があります。

その中でも特に大きいのが、「梨花達が乗り越えてきた世界も、梨花達以外のその世界の住人達にとっては、紛れもない唯一の世界であるということ」です。言い換えるなら、「祭囃し編があるからといって、その他の無数の世界での惨劇が帳消しにならない」点です。
祭囃し編以外で、梨花が解体された後、梨花達はまた新たな世界での昭和58年を迎えますが、その梨花が解体された世界はそれでジ・エンドにはならず、昭和59,60,…と続いていきます。惨殺の歴史は厳然たる事実としてそこに残ります。赤阪は、祭囃し編以外ではひたすら後悔して人生を終えることでしょう。梨花達が無数に繰り返した世界の中で、「祭囃し編」だけがハッピーエンドであり、それ以外は、雛見沢住人にとって、世界は大なり小なり悲惨です。「ひぐらし」ワールドにおいて渦巻くのは、雛見沢住人の苦しみと怨嗟です。
これは、本当に「ハッピーエンド」なのか。他の世界が悲惨なまま終わっているのに、祭囃し編だけハッピーだからといって、おめでたい気分になれるのか。
そういうのが、一つ胸に残っていました。


賽殺し編を終えて、ようやく、「ひぐらしのなく頃に」に幕を引けた。そんな気がします。
賽殺し編が見せたのは、過去最高のゴールである「祭囃し編」よりも遙かに優れた世界。誰も苦しまず、誰もが幸せに生きています。それを、羽入は「夢」であると断言して梨花を諭します。
これは地味に、凄いことを言っているのだと思うのです。
私がこれまで持ってきたわだかまりは、「全ての世界が現実」という前提の上での話です。「ひぐらし」の世界の解釈は多数考えられると思いますが、羽入はそれに対して一つの解答を提示したのです。すなわち、「自分たちが現在生きている(祭囃し編の)世界以外は、夢だ」。賽殺し編が夢なのだからその他7編だって同様に夢です。
逆説的ですが、他の世界でどれだけ惨劇が起ころうと、最悪のエンドを迎えようと、そんなものは、その惨劇の世界をかつては生きた梨花にとってさえ、「夢」でしかない。なぜなら、そんな世界での出来事は、祭囃し編では"事実"として一切起こっていないから。いわんや(祭囃し編を生きている)他のメンバーにとって、"観測できないものは存在しない"。
ただ、これは、その他7編が無関係であるとか無意味であるということではありません。夢と言えど、現実に影響を与えうるのですから。
全ての世界を平行して楽しむ私達プレイヤーにとって、全ての世界が現実です。(当たり前ですが、「ひぐらし」という世界の中で現実であるといってるわけで、私達が生きるリアルとは違うとか、そういう頭の悪い注釈は不必要でしたか失礼しました)
しかし、「ひぐらし」の世界に登場する人達にとって、自分が生きている世界こそが唯一の現実であり、祭囃し編(および賽殺し編)がひぐらしの締めとして位置づけられる以上、それこの2編以外は彼女たちにとって「夢」なのですね。
ちょっと捻くれた見方すると、
ま さ か の 夢 オ チ … !


先ほどもチラリと触れましたが、この、「夢」解釈は、もう一つ重要な意味を持ちます。
賽殺し編で母親を殺した現実も、夢。けれど梨花がその夢の中で母の姿に見たのは、自分が魔女になっていく上で失ってしまった、一人の少女が当然持つ心だったわけです。
これらが何を指すかというと、梨花がようやく、一つの世界の住人になれたということ。他の世界を観測できた魔女(いうならば、プレイヤーである私達に近い立ち位置です)は、全てが現実ではなく夢になった時点でその役目を終え、無数の現実を生きた魔女は、百年の時を経て、無数の夢を見た少女に戻ることができた。これは、梨花と名乗った魔女の長い旅が、ようやく終焉を迎えたということです。後に残るのは、オヤシロさまと話をできるという、ささやかな超能力を持った少女でしかありません。



最後に一点、面白いかも知れんと思ったことが、レナが、ある意味理想の世界とも言える賽殺し編を「自分達の世界の方が尊い」と斬って捨てたことです。祭囃し編は、無数の惨劇の中でも最も報われた世界ですが、それでも賽殺し編に比べればその惨たらしさは比べるべくもありません。そんな世界のレナが、自分達よりもずっと"幸せ"な世界を、何のためらいもなく一蹴した。 そこにあるのは自分達の軌跡への誇りであり、「今」を生きる自分への確固たる自信です。 私はこれまで「祭囃し編以外はどうなる」と思ってきましたが、それはそれで、紛れも無い、その世界のレナや圭一・沙都子達の生涯です。皆殺し編のラストは、「頑張ったのに報われない」最低のエンドだと思いますが、それが清算できていないことに憤るのは私という外野の驕りなのかも知れないと。そう感じました。まぁこれはちょっと好意的に解釈しすぎなのですけど。(百回以上のやり直しの末の方が、たった1回より尊いに決まってます。また、鬼隠し編と賽殺し編だとどう考えても鬼隠し編の方が悲惨ですし、どっちが尊いなどという比較自体おかしいでしょう。敢えて言うなら「どっちも尊い」などという希薄な解答。)



あと一つ重要な考察が抜けとるやんけと仰る方もおられるかも知れませんが、某エロゲー作品での既出テーマなので割愛。だからサウンドノベルだけじゃなくエロゲーやれエロゲー!



最後に、賽殺し編で、もう一点だけ(考察関係なしで)評価したい、というかお気に入りの点。

「ひぐらしのなく頃にプレイ後レビュー」で私が後出しの注文付けていた、「ラストを、thanksで締めてほしかった!」が、本当に実現していたこと・・・・・・!

いやぁ、やっぱり八咫桜さん(演出担当)はやってくれた!
そうそう、こうでないとね、「ひぐらし」は。
ある意味、「ひぐらし」本当の物語が始まるのは、解からだと思うのですよ。竜騎士07氏が、ホラティックミステリーを通して描きたかったものが、じわじわとにじんでくる、それを象徴するのが、「you」と「thanks」でしょう。
正確には、この曲が流れるのはラスト直前ですが、それでも、仲間達に囲まれてのラストシーン、しかも少しの間だったけど彼ら全員からその存在感を存分に感じられたのは、「ひぐらし」の幕を引く上で最高のエンドと言わざるを得ない。
みんながいたから、(私の中でも)終わることができた。
満足です。
ご馳走様でした。


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