紅殻町博物誌

(執筆:2018/08/18)

製作

raiL-soft
(ライアーソフトの姉妹ブランド。活字愛好家のための新しいノベルブランドだそう。本作が2作目。)

属性

発売時期:2009年7月
ジャンル:Visual Novel(画面大半が文字で埋まるタイプのAVD)
用途:読み物
舞台:現代日本の田舎町
顕著な性属性:お姉さん(着物未亡人)
プレイのきっかけ:DLsiteで安売りしてたから。(プレイ前の期待得点…5点)
プレイ進捗状況:コンプ

テキスト:5

あらすじ:学芸員志望の寡黙な大学生である宮里智久は、失踪した叔父が残した手記に、摩訶不思議なからくり発明品の数々が記載されているのを見つける。それら珍品はいずれも、紅殻町という土地の紀行文の中で紹介されていたものであるが、奇妙なことに、紅殻町などという土地は、日本のどこにも存在しない。よって、手記の内容は全て架空の、想像上のものに過ぎない……そう解釈するのが自然であるのかも知れないが、智久は、自分の幼い日の記憶の中に、確かにその紅殻町で過ごした日々があることに気づいていた。青年は、大学の夏休みを利用して紅殻町探訪に赴くのだった。

ブランド自体が「活字愛好家のための」と銘打っているだけあって、とにかく活字が特徴的な本作。このライターさんは他の作品も多分こんな感じなのでしょうが、少なくとも私はファーストコンタクトだったので、このライターさんの他の作品は知らぬ者が書いているものとご理解下さい。
とにかく、難表現(昔の文芸作品にありがちな)、難漢字が多発します。地の文はほとんど難表現・難漢字で構成されていると言って良い。
そう、地の文があるのです。さすがヴィジュアルノベル。
そして、テキスト全体量に比する地の文の割合が、体感7割くらい。少なからずが地の文です。
この地の文の文体(文調)こそが、ライターさんの個性が遺憾なく発揮されているなと思います。少なくとも、エロゲはそこそこ本数重ねてきた私でも、初めて見るし一度見たら絶対に忘れない、強烈な個性。
ええ、良くも悪くも。

難表現も難漢字も、国語辞典と漢字辞典を使えば意味は理解できますし、逆に言うとこれらを駆使しないと普通の語彙力では到底読み砕けないでしょうし、作品をまともに味わうこともできないでしょう。これらを併用しながら読み進めるだけの気合が必要です。
さらに、難表現・難漢字に加えて、プレイヤーの、文芸に対する知識も頻繁に問うて来ます。つまり、古典的な小説・映画・演劇などに造詣が深くなければ意味が理解できないような記述が頻発。「この主人公の様ときたら、○○をしている××ではあるまいが、………」といった感じの記述。○○には状況を含む行動、××は身分や職業などが入ると思って下さい。ちょっと具体例が浮かびませんが、例えば古書店で色とりどりの書籍を雑多に積む……辺りから、「ああ、梶井基次郎の檸檬ね」と浮かぶ人だけがニヤリとできて、そうでない人は置いてけぼりにされる、そういう作品です。
別に本作に限らずそういった、いわば内輪ネタを入れる作品というのはジャンルを問わず無数にありますが、本作においては文芸に舵を切っているようですね。「ようですね」というのは、私は文芸の教養が無い人間なので、推測に過ぎないので。

で、ここが一番言いたいことなのですが、以上のように、地の文は、確かに骨がある。骨はあるが、格調高い、味わい深い文調かというと、疑問を覚える。「まぁ多少。」という程度。どうも本作を高評価する人達が一番ツボっているのがこの独特の地の文のようですので、ハマれば評価もうなぎのぼりなのでしょう。私はハマらなかった。時としてむしろ軽く鼻につく。何より、そういうのを求めるなら、エロゲなんぞやってないで古今の古典や名作書籍を読めば良いと思ってしまう。国内・国外問わず、本当に無数ある。
エロゲには、エロゲならではの強みがあるでしょう。それが、本作のテキスト面で言うならば、地の文以外の部分、すなわち会話文です。
これが、まぁ地の文とマッチしていないのですね、残念ながら。
地の文とは対極的に、いかにもエロゲキャラな味付けされたキャラたち(*主人公とお姉さんヒロインを除く)の会話文は、地の文の文調との乖離を感じざるを得ませんでした。
一部ヒロインは、地の文ともそう乖離のないキャラ・口調・トーンで話してくれるので、良くも悪くもライターの写し鏡のような存在であり、作品の雰囲気を損なうものではなかったですが、とある元気系ヒロインについては、こと「作品全体の雰囲気」という観点からすると、雰囲気ぶち壊しも良いところ。このヒロイン自体は良いキャラだと思うのですが、いかんせん浮きまくっている。

そして何より、シナリオが概してあまり面白くない。これが個人的に致命的。つまり、上述のとおり雰囲気作りもあまりうまくいってないし、シナリオも微妙、どこを切り取っても微妙。文体(文調)だけは見どころだけど、雰囲気もシナリオも活きてないなら必然上滑りするよね。

惜しいとは思うのです。物語冒頭は、少し「霧のむこうのふしぎな町」など、現実とファンタジーの地続き感、ワクワク感が出ていて、好きです。このワクワク感をいかに物語終盤まで持っていくかこそをライターは意識すべきだったのではないかと個人的に思います。
また、お姉さんヒロインと主人公がお酒を飲むシーンがあるのですが、あそこも、ライターの作風とキャラ達とが見事に融合した、切り取っておきたいような良い一場面だと思うのです。全編あの雰囲気が維持できれば、素晴らしかったのに。というかこんな地の文でエロゲシナリオやるならヒロインはもうお姉さんヒロイン1人で良いよと強く思う私でした。



ゲーム性:3

物語は何章かに分かれており、それぞれの章が基本的に1人のヒロインの章となっています。で、それぞれの章で2回くらい選択肢が出てきます。
多分ですが、両方正解だったらHシーン突入じゃないかな。未確認ですが。
つまり、シナリオは一本道です。

実用性:3

妙に気合入っているのが、この実用パート。いや、気合入っているというか、ライターさんの真面目な性分が出てしまっただけなのかも知れないし、文字数ノルマを課されただけなのかも知れないですが、にしても、決して手抜きではない、ちょっと脱帽すらしてしまうのがこの実用パート。
いやね、当サイトの普段と違う、本来の意味で「実用性」が高くて、何を言っているか分からないと思いますが、正直戸惑っています。
つまり、自慰にはあまり使えない。そういう意味で”実用”性は乏しい。
しかし、本作のHシーンは、女性ライターが描いているだけあって、「女性ならセックスのときにどうしてほしいか」が垣間見れる、つまり、女性と性交する上で実用的な(!)テキストとなっているのです。

本作Hシーンでは、女性から見た理想のHシーンと、ライターが頑張って男の妄想に付き合ってくれて合わせてくれた、男にとって嬉しいHシーンとの、せめぎあいが見れてしまう。いや、実際どうかは知りませんが、少なくとも私にはそう読み取れた。
例えば、主人公はヒロインとHするわけですが、ヒロインは処女にも関わらず感じるわけです。はい、男向けファンタジーありがとうございます。で、そんな性交をリードする主人公は、童貞ではないわけです。年齢相応の性経験があり、かといってありすぎない(ヤリチンではなくむしろ奥手レベルの)、女性から見て安心できる男なわけです。そして、主人公は基本的に性交をするにあたって、なぜかそんな性経験しか無いにも関わらず卒なく持参してきたコンドームを装着するのです。そしてそんな紳士的な主人公の姿に、ヒロインはお礼を言うわけです。気遣ってくれてありがとう、と。
どうこれ?
なんなら保健体育の教科書より教科書として機能してしまう実用性。全国のティーンネイジャー達に読み聞かせるべき。

…とまぁ、こういう感じのHシーンですので、容赦なく非処女もいるし中出し基本NGだし、その一方でアホみたいに感じてくれたり前戯前からビショビショになったりもするし、少なくとも私は、これを執筆しているライターの妄想と苦悩とサービス精神・プロ意識などの混淆としたものを感じずにはいられませんでした。

音楽:3

シナリオ系エロゲをコンプしているにも関わらず、気に入った音楽が1曲もないという珍しい経験をしました。
単独で聴けば気に入りそうなのに、自分でも不思議だなと思います。シナリオのつまらなさに引っ張られたか?

ボーカル曲:2曲

キャラ:5

主人公:「智久」(名前変更不可)。学芸員志望の大学生。やや寡黙な黒縁眼鏡男子だが、胸の内には熱いものもある。
十湖:元気系ヒロイン。世界を股にかける非処女の冒険家。本作作風に致命的に合わない。
白子:古き良き紅殻町(自分の故郷)が大好きで仕方ない、変化を嫌う超寡黙で色白な美少女。本作作風には合うが、合い過ぎて悪いところが出ている感。
エミリア:留学生の北欧系金髪美少女。性格も口調もサバサバとしており、しかも日本人以上に堅い難表現を使いこなす、これまた本作作風には合うが、悪いところが出ている感。
松実:主人公とは幼い頃から顔見知りの、主人公より結構年上の未亡人。おっとり、しっとりとした性格でありながら、大人の女性として頼りにもなる。本作の作風にも合い、悪いところも出ないまま個性だけが光る、稀有なヒロイン。

まぁ松実さんゲーですよね。残念ながら実態は違いますけど。いっそ松実さんゲーにすべきだった(2回目)

声:女

ヒロインのみフルボイス、他は男女関係なく一切声無し。

時間:4

そんなに短くもないですが、そう長くもない。シナリオゲーとしては平均やや下くらいの分量だと思います。

その他

システム:表示テキストについて割と細かい設定ができて楽しいです。

演出:背景CGパターンの少なさが、本作では目につきましたし、マイナスポイントでした。
普段小説を嗜んでいる人が不慣れなエロゲテキスト書いてしまったばっかりに、小説・エロゲそれぞれの良さが消えた…ように感じました。エロゲにしてはテキストでの風景描写が細かい割に、その細かな描写と実際の背景CGとがマッチしていないのです。エロゲとして割り切ってテキストの風景描写を削るのが作品の雰囲気を大きく損なうのであれば、テキスト描写に耐えるだけの背景CG量をもって臨むかしないといけなかったのではないかなぁ。

お勧め度:4

一風変わった、本当に文字通りの骨太ヴィジュアルノベルですので、「知的なテキストをがっつり読みたいぜー(ただしエロゲに限る)」っていう人にはお勧め。
そしてこれが一番大きいのでしょうが、このライターのテキストにハマれるか否か。これが評価を二分するでしょう。割と間口は狭いと思います。まず、難漢字・難表現・要教養で門戸を狭めに設定してあり、その上でこのテキストがハマるか否か、ですから。テキストがツボれば、一発でライターファンになってしまい本ブランドの作品を買い漁ることになるのでしょう。テキストがツボるか否かが、全てを決める。ツボってしまえば、ここまで書いてきた、そしてここから後にさらに書く、あれやこれやの欠点も欠点とは映らないのでしょう。

私から見ると、「その他」項に書いたように、背景CGの少なさもまた本作の私の中での評価を少なからず引き下げているように感じます。だってテキストと実際の背景とが明らかに合ってなかったりするのですから。普通のアドベンチャーゲームだと、そこまで細やかな情景描写がないものだから、背景CGが自然と情景描写の代わりとなるのです。一般の小説というのは、当然背景CGなんてものはないけれど、その分筆者の筆致により自在な情景描写が可能になる。
本作って、最悪の食い合わせだと思うのですけどね、この辺。
なので、背景CGとかに大して注意向かない人にはお勧めなのだと思います。

もう一つ気になったのは、メイン購買層であろうヤングな男の子達をターゲッティングしたのか、アクション要素が些か強すぎるのですよね。決して多くないけど、本作の方向性の割には多い。しかし超お堅い地の文が持ち味のテキストが、アクション系シナリオと全然合っていない。合ってないだけでなく、シナリオの求心力が無いから読んでてもドキドキワクワクしないという二重苦。
逆に、ドキドキワクワク要素控えめでノスタルジック&ファンタスティックな章、あるいはファンタジー要素が無いシーン単体なんかは、良い味出てたりする。章によっても、当たり外れ大きいなぁという印象あります。

あとは、女性エロゲーマーの人達には、お勧めなのかも知れない…。全然露骨ではないけどやっぱり露骨な主人公推しを感じる。絵からも、テキストからも。いやしかし、繰り返しになりますが私にはそもそも作品の良さもよく分かっていないので、女性ゲーマーにお勧めとも思えないのです…。




気に入り度:4

良さも散見されるけど、トータルでのバランス・食い合わせの悪さに撃沈した、というのが私の中の評価。
エロゲの良さと小説の良さとを相殺している(テキストと背景CGの不一致)、エロゲの軽妙さと文学作品の味わい深さとを相殺している(地の文と会話文の不一致)、ライターさんの個性・趣味とが購買層のターゲッティングにより打ち消されている(伝奇的・退廃的・懐古趣味的な味が、アドベンチャー向けシナリオやキャラ達により阻害)、という印象。個別には良いのに組み合わせがダメという感。

主観です。はい。

本作と同様の、テキスト分強め(テキストカラー強め)で思いつく作品が私の中で3つあって、まずfate/stay night。あれもビジュアルノベルですが、演出といいCG数といいテキスト・シナリオのエロゲ向き度といい、何をとっても申し分ないのですよね。2つ目は、往年のLeafヴィジュアルノベル3部作の第1作、雫。背景数は本作よりはるかに少ないし粗いことこの上ないけれど、「夜の学校」と舞台をほぼ限定したおかげで、また背景がシンプルでも誰もが分かる舞台にしたおかげで、そして何よりシナリオの求心力のおかげで、背景数の少なさ・粗さが全く気にならない。3つ目は、SWAN SONG。瀬戸口廉也の代表作。途中、会話文としては異様な長さの台詞(主人公に話しかけているはずだけど独白みたいになっているというもの)が出てきたりもするのですが、確かに会話としてのリアリティには欠けていても、瀬戸口作品という全体のテキストの中では、舞台劇風のあのわざとらしい台詞回しがむしろ自然だという。シーンの非日常性が不自然さをより隠しています。
これら3作と並べられても迷惑でしょうが、でも「本格ビジュアルノベル」というと、やっぱり出てくるのはこの辺りなんですよね。
ユーザーの期待値が自然と上がってしまうというのも本作の不幸かなと思いましたが、評判は良いみたいなので私個人の不幸なのでしょう。

部分部分では、好きなところ幾つかあるんですけどねー…。
序章は割と好き、1章もヒロインを除けば好き、エミリアエンドはベタながら好き、松実さん関係はすべて好き、など。
でも本当、こういう部分を除く私の総評は「媒体がエロゲじゃない方が良いよね」。
私は、このライターさんがエロゲで作品書くのであればファンタジー要素ゼロな作品の方がまだ読みたいかなぁと思いました。いっそのことグルメ紀行作品書いてくれ。




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 いただいたコメントには後日日記にてありがたくレスさせていただいております。


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